2026年2月28日、米イスラエルによる対イラン攻撃で湾岸戦争は一気に世界の見出しを占めた。ホルムズ海峡が事実上閉じ、原油は一時126ドルまで跳ね、アジアでは燃料不足が現実になった。それから5ヶ月半。日々のミサイル応酬は間欠的な打撃と海上封鎖、覚書と決裂の繰り返しに変わった。ニュースは「新局面」を追うため、膠着した危機を報じにくくなる。
しかし構造は壊れたままだ。ホルムズの通航は戦前のごく一部。米国は7月にイラン港湾への海上封鎖を再導入した。レバノン南部ではイスラエル軍が緩衝地帯に留まり、ヒズボラは武装解除を拒否している。ガザは2025年10月の停戦が名目上残る一方、攻撃は続き、ネタニヤフ政権は8月にトランプ案を拒否した。イエメンでは4年続いたサウジとの休戦が7月に崩れ、フーシがバブ・エル・マンデブで対サウジ海上封鎖を宣言した。
ホルムズが閉じたことでサウジ原油は紅海のヤンブー港へ迂回した。その出口をフーシが狙い始めた。二つの海峡が同時に圧迫される構図は、1973年や1979年の石油危機とは違う、2026年固有の供給ショックである。